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琉球ゴールデンキングスは、5月19日Bリーグチャンピオンシップ準決勝の第3戦に臨み、三遠ネオフェニックスを破り4年連続の決勝進出を決めました。
県内では那覇市の5人が最多で、沖縄市の3人、名護市の2人のほかうるま市や宜野湾市と続きます。県外で最も多かったのは大阪府で、戦艦大和の乗組員など281人の申告があったということです。
この事故は、5月13日本部半島の上空でアメリカ海兵隊の「UH1ヘリ」が発煙筒の入った重さ・およそ18キロのバックを落下させました。この事故を受け、県は5月20日、アメリカ軍・キャンプ・フォスターを訪ね抗議文を手渡しました。
石破総理大臣は、2025年5月20日に東京で玉城知事と面会し、自民党の西田昌司参院議員のひめゆりの塔をめぐる発言について「総裁として深くおわびする」と謝罪しました。
琉球ゴールデンキングスは、おとといからアウェーで三遠(さんえん)と対戦!先に2勝したチームがファイナルに進む絶対に負けられない闘い。2戦とも、両チームの意地がぶつかる試合となりました。
その後も攻めるFC琉球は、北九州のクリアミスを高木大輔(たかぎ・だいすけ)がパス。これを富所悠(とみどころ・ゆう)がシュート!しかし揺らしたネットはサイドのネット。得点を奪えません。
次はハンドボールの話題です。リーグ・12位の琉球コラソンは、きのう那覇市でホーム最終戦に臨みました。その中で、今シーズン限りでの引退を発表したレジェンドが出場。多くのファンが声援を送りました。
知事は来月、「北米県人会サミット」に出席するためロサンゼルスを訪問する予定で、来月14日のドジャースタジアムで試合前にロバーツ監督に栄誉賞を手渡す方向で調整しているということです。
防衛局や軍がドローンなどでバッグを捜索していますが5月19日までに発見には至っていません。この事故を受けて県は、5月19日、外務省の宮川沖縄担当大使と沖縄防衛局の伊藤局長を県庁に呼び出し抗議文を手渡しました。
多くの命が奪われた沖縄戦を経て、戦後27年間、アメリカの統治下にあった沖縄。1972年5月15日、基地のない平和な島を求め本土復帰を果たしました。 しかし、53年経った現在でも、日本にあるアメリカ軍施設のおよそ7割が集中し、軍関係者による事件・事故は、後をたちません。
建造物侵入と窃盗の疑いで逮捕されたのは、キャンプハンセン所属のアメリカ海兵隊伍長アレクサケイト・ムパス容疑者(20)とライアン・ブラウン容疑者(21)です。 警察によりますと、ムパス容疑者らは、18日、午後7時すぎ、うるま市石川の廃車置き場に無断で侵入し、ステアリングホイールやテールランプなどを盗んだ疑いが持たれています。
1945年5月中旬、那覇市の新都心にある「シュガーローフ」では、日米による激しい戦闘が繰り広げられ、アメリカ軍側の死傷者はおよそ2600人、戦争神経症患者およそ1300人を出し、日本側も軍や学徒隊・住民などで多くの人が犠牲となりました。